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教会からのお知らせ

主の昇天の聖書朗読と勧めの言葉

2020年05月24日 - サイト管理者

信徒の皆様へ

♰主の平和

お変わりありませんか。

京都府も緊急事態宣言が解除され、教区からも新しいお知らせが出ました。1日も早くミサの再開が待ち望まれますが、すぐにミサを再開するのは難しい状況です。今後の二波、三波も想定して、教会のあり方を再考しないといけませんので、ブロック担当司祭と役員で、今後のことについて話し合っていきます。その結果を順次皆様にお伝えいたしますので、今しばらくお待ちください。

しばらく顔を合わせていませんので、お知り合い同士、互いに連絡を取り合い、近況をご確認し合っていただけたら幸いです。

世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいると言われた言葉を胸に、過ごしていきましょう。

高野教会役員会

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第1朗読 使徒たちの宣教 (使徒言行録 1章1~11節)

テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。
 イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
 さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

第2朗読 使徒パウロのエフェソの教会への手紙 (エフェソ1章17~23節)

(皆さん、)どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

福音朗読 マタイによる福音書 (マタイ28章16~20節)

(そのとき、)さて、11人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
 
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<勧めのことば> 洛北ブロック担当司祭 ユン・サン・ホ

イエスは復活された後、40日にわたって弟子たちに現れます。弟子たちは復活したイエスに忠実だったでしょうか? 聖書にはこう書いています。イエスに出会ったにもかかわらず11人の弟子の中にはうたがうものもいたと・・・(マタイ28.17)

そして今日の第一朗読では、“主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのはこの時ですか”と言い、また自分たちの国家を建設するという、狭い理想にしかとどまっていない状況です。

弟子たちは、まだまだキリストの受難、死、復活の意味が分かっていなかったようです。どうしても、それを知るためには人間の知識ではなく神様の霊の導きを待ってないといけませんでした。弟子たちは、復活したキリストに出会うという大きな体験をしているにもかかわらず、もう一つ弟子たちが理解出来ない理由がありました。それはこの世の見方によって目がさえぎられていたのです。

キリストの生き方は人の目で見る弟子たちにとって、失敗の人生でした。キリストの生き方は、成功物語りではありません。この世での行き方としてはゼロでした。やがて、キリストの昇天によって父とキリストよって聖霊がキリストを信じる者に与えられ、キリストの生き方が神の前に完璧であることが分かるようになったのです。

私達は何の目で見ているでしょうか。与えられた聖霊の促しのうちに、キリストと共に神の目で眺めているでしょうか。主は昇天しました。しかし、私達が聖霊と共にいるのであれば、キリストは私たちと共にいることが実現します。私達は聖霊によって、神の子となり、キリストの体の一部、キリストのぶどうの木につながる枝となるのです。そして、私達がそれぞれの場に派遣され、復活されたイエスを述べ伝えます。“世の終わりまで、わたしはいつもあなたかたとともにいる”これほどまでに慰め、希望、勇気に満ちた確かな言葉はないと思います。

いつも私たちと共におられるインマヌエル、御言葉が人間となって私たちの内に住まわれたという神秘を聖霊に強められた私達は、いつも聖霊の促しのうちに素直であれますように。

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