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教会からのお知らせ

復活節第4主日の福音と勧めのことば

2021年04月25日 - サイト管理者

♰主の平和

高野教会のお庭は、ハナミズキやツツジ、バラなどの花々に彩られ、変わらない美しさで訪れる方々を迎えています。
今日から5月11日まで、京都府にも緊急事態宣言が出されます。
どうぞくれぐれもご自愛くださり、祈りのうちにお過ごしください。
互いに祈りのうちに繋がっていたいと思います。
 
■京都みんなで捧げるミサ 復活節第4主日のミサの司式はユン神父様です。

■復活節第4主日は「世界召命祈願の日」です。
神は、すべての人が誠実に自分の生涯を過ごすように招いています。ある人は社会の中で会社員、医師、看護師、教員、工場で働く人として、また夫、妻、父、母としてよい家庭を築くように、そして、ある人は神と人とに仕える司祭、修道者となるように招かれています。神の招きはこのように人それぞれ異なりますが、自分に対する神の望みを祈りつつ探していくことが大切です。近年、司祭や修道者の減少、高齢化が進んでいます。とくに「召命祈願の日」には、司祭、修道者への招き(召命)に1人でも多くの人がこたえることができるように祈りましょう。この日は、教皇パウロ六世によって1964年に制定されました。(カトリック中央協議会のHPより)
教皇メッセージがカトリック中央協議会のHPに掲載されています。

カトリック高野教会

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福音朗読 ヨハネによる福音(ヨハネ10章11~18節)

 [そのとき、イエスは言われた。]「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊かいでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。――狼は羊を奪い、また追い散らす。――彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる。だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。」

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<勧めのことば> 洛北ブロック担当司祭  ユン・サンホ

 今日イエスは、「私は良い羊飼いである」と宣言されます。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。イエスが言うように、雇い人は羊を心にかけていません。雇い人と羊飼いの差は何でしょう。命をかけて羊を守ることです。偽物と本物がはっきりと区分されます。
 今日の福音書にもありますように、わたしたち羊は、良い牧者キリストに導かれて、父である神に向かって歩みます。羊は、群れの中にいる間は安全です。なぜなら羊飼いが、守ってくれるからです。しかし、ひとたび群れから離れると命の危険にさらされます。
 また荒地が多いため、何処に草や水があるのかが分かりません。また狼や野獣によって殺される危険性があります。私たちも羊と同じように弱いし、導かれないと一人では何も出来ない存在です。羊と同じように、神様から離れると死の危険にさらされます。
 聖書で一番、最初にこのテーマについて描いているのは、旧約聖書のアダムとエワの話です。神は、二人に「園の中央に生えている木の実は食べてはいけない、死んでしまうから」と言います。しかし、食べた後も二人は生きていました。しかし、彼らは追い出されることになりました。つまり、聖書の中で死というのは、神様と人間の関わりがなくなってしまった状態を意味します。そのきっかけは、人間の犯した罪のためでした。
罪というと多くの場合、私は人を殺したことはないし、盗んだこともない、家で夫婦のちょっとしたいさかいはあるけれど、たいしたことはないから、別に赦しの秘跡を必要としていない、と思っています。人は、罪の本質についてよく分かっていないのではないでしょうか。
 罪は、法律に触れたとか、触れなかったということよりは、生きるために何を自分はよりどころにしているのかが問われています。アダムとエワの罪は、神様の掟をやぶったことよりも、自分たちが神になろうとしたこと、神にとって替わって、自分たちが神になることで、神を不必要だと考えること、これが罪の本質です。
今の私たちは、自分の生き方の中心がキリストなのか、それとも世の中の価値観に流されてお金、学歴、名声、権力、イデオロギーが、自分の中心なのか考える必要があります。私たちは、キリスト以外のものに救いを求めるのならば、羊の群れから離れて死の危険にさらされることになるでしょう。
 神を否定して離れて死んでしまった人類に代わって、イエス・キリストは、人となり死から命へと過ぎ越されました。そして、もう一度神さまと密接に関わるものとなりました。キリストによって神の国の命を生きるものとなった私たちが、今日も命の糧に養われ、救いの道を歩みつづけることができますように、父である神にその恵みを願いましょう。
 また、良い牧者であるイエスから離れることがないように、全て委ねることができますように聖霊の導きを願いましょう。

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