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教会からのお知らせ

年間第13主日の福音と勧めのことば

2021年06月27日 - サイト管理者

♰主の平和

お変わりなくお過ごしでしょうか。
洛北ブロックでは今日からミサが再開されますが、高野教会は7月からの再開となります。
3日(土)CD地区
4日(日)AB地区
いずれも10時から、主日のミサが行われます。感染対策の上、ご自分の地区のミサにあずかってください。
大変申し訳ございませんが、今しばらく、高野教会の信徒以外の方のご参加はご遠慮ください。

■京都みんなで捧げるミサ 
年間第13主日のミサの司式は、ユン神父様です。
公開ミサが再開されても、このオンラインのミサは続けてくださるそうですので、公開ミサに与れない方はどうぞご視聴ください。

京都教区時報7月号が発行されました。京都教区のHPに掲載されています。
冊子が必要な方は、高野教会の聖堂後ろに置いてありますので、ご自由にお取りください。

カトリック高野教会

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年間第13主日 福音朗読 マルコによる福音(マルコ5章21~43節)

 [そのとき、]イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた。
 大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。
 さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。

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<勧めのことば> 洛北ブロック担当司祭  ユン・サンホ

 2か月ぶりにミサが再開されました。感謝の心を持って捧げましょう。特にいろいろ病の中で、苦しんでいるひとり一人の上に神様の癒しをねがいましょう。また、いつも神は私たちと共におられるという真実を忘れないように心に留めましょう。

 今日イエスは、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」と言われます。わたしたちはどうすればイエスを深く信じることができるのでしょうか。このことを今日、ヤイロと出血を患っていた女性から、学ぶことができます。

 今日の福音を通して誰でも信仰を持っていれば、どんな人でも、イエスの癒しの力と恵みを受けることができることが分かります。
 当時、出血病の人に触れること、死体に触れることは禁止されていました。出血症の人が触ったものに触ることもだめでした。汚れたものは、清いものから分離しなければ、清いものも汚れるということで、その病にかかる人々は、宿営の外に追い出される時代でした。

 重い皮膚病の人たち、罪びと言われた人々なども同じでした。イエスは、その人達に触れられ、あるいは触れることによって、今までのあり方とは変わっていきます。今までは、律法に従って、汚れたところから離れようと努力していたのですが、イエスによって、苦しんでいる人々、助けを求める人々に手を伸ばしていく、清くなっていくことを体験していきます。

 特に、今、コロナ禍の中、私たちもイエスと同じように、困っている人々から遠ざかるのでなく近づいていき、出会い、触れ合い、清さと、命を与えることが出来、一緒になり自由になって喜ぶことです。それが信仰の神秘であり、信仰の分かち合いです。触れた人、触れられた人は清くなり、同じ命を生きることになります。病気になっても、死を迎えたとしても、それは変わりません。

 今日、神の食卓で命のパンを食べる私たちが、日常の中でも、聖書に語られている同じ体験に基づくものになり、恐れや、驚きではなく、感謝と喜びの心に変えられますように祈り願いましょう。わたしたちは信仰も意志も弱いですが、強めてくださるよう願い努力しましょう。

 今日、ヤイロと出血を患っていた女性から学びましょう。そんな時、イエスの「恐れるな、信じなさい」という言葉が、私たちの信仰生活を励まし力づけてくれることでしょう。

 死を超えて永遠の命をイエスから約束された私たちは、信仰と平和、喜びのうちにいつも生き生きと生活しながら、主に賛美と感謝を絶え間なくささげることができますように、聖霊の導きと助けを願いましょう!

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ミサの時間

毎週 10:00~
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ミサは一般の方もご自由にご参加頂けます。はじめての方はご案内いたしますのでお声がけください。